みーちゃん、ごめんな

その夜、母と私はいつものように枕を並べて寝ていた。
とうに12時は過ぎている。常夜灯のうす暗闇で、母は眠らず、ずっと布団をめくったり蹴ったりまた掛けたりを繰り返している。

「どうしたん、暑いの?」
夜中にしてはちょっと大きな声で訊いた。
何の返事もない。代わりに輪郭だけの母の動きが激しくなる。
私は起き上がって

「もおー。何してんのよ。さっさと寝えや」
と母の上に覆い被さった。

とたんに、わー!と遠慮のない大声をあげられ、襲う人と襲われる人の構図が完成。
時間的にもその声は世間的に良くない。私は母の口を両手で押さえつけた。

「もう夜中やから。静かにして。ね。もう寝よう。一緒に寝よう」
私は母のぽわんぽわんのからだを抱き寄せて、背中をとんとん叩きながら、自分が昔歌ってもらってた子守唄を歌った。

最初は抵抗して私の腕をつねったり、腕を突っ張って私から離れようともがいていた。リミッターの外れている人の力って相当なもので、ここを叩いたらどうなるとか、力加減に容赦がないから、本当はものすごく痛いのだ。

それでも私は歌をやめず、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。

しばらくすると、母が徐々に力を緩め、その腕が私のからだに巻き付いてきた。

「もう大丈夫?」
と尋ねると、うん、と答えた。

「じゃあもう寝よな、おやすみ、やっちゃん」
わたしはそう言って母の体を解放し、自分の布団にもどった。

どれくらい時間が経ったのかわからないが、突然母が言った。

「ごめんな、みーちゃん。わたし何にもわからへんねん」

以前のままの、母の言葉だった。
母とまともに会話したのはいつのことだったか、もうすっかり忘れていた。 名前も忘れられて久しい。

なのに今、私の名前を呼び、自分が何もわからないことに動揺し、恐怖し、尚且つそんな自分を責めて詫びている。
もう消えてしまったと思っていた母がそこにいた。

消えてしまったのではなかった。
ただ、迷子になっていただけだったのかもしれない。

わたしは何も言葉にできず、母の小さなぽにょぽにょの手を握りしめた。
どうしようもなく出てしまう声を布団で閉じ込めた。

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